ムコ多糖症Ⅱ型 はやとくんご家族インタビュー
【第1回】 診断、治療、学校生活、情報発信 はやとくんとご家族が歩んできた道のり

2026年9月17日 公開

ムコ多糖症Ⅱ型(MPSⅡ)と診断されるまで、はやとくんご家族には、いくつもの「気になること」がありました。

幼い頃のヘルニア、言葉の遅れ、肘が伸びにくいこと。


それぞれの出来事は、その時点では一つの病気につながっているようには見えませんでした。前編では、現在のはやとくんの様子から、診断にたどり着くまでの経緯、ご家族が病名を知ったときのことまでを伺います。


診断後も、治療を始めること、学校生活を整えること、視力の変化に合わせて生活を組み立て直すことなど、ご家族にはその時々で新しい課題がありました。

今回の3部構成では、その長い経過を一度にまとめるのではなく、診断前後、治療と生活、情報収集とつながりというそれぞれの場面に分けて紹介していきます。


目次

【第1回】診断までの道のり――「どうしてだろう」が少しずつ積み重なって

1.今のはやとくんは、音楽と一緒に過ごしている

2.最初の出来事は、1歳半頃のヘルニアでした

3.3歳頃、言葉の発達が気になり始めた

4.「肘が伸びない」ことは気になっていた。でも、原因は分からなかった

5.風邪がきっかけで、検査への道が開いた 🔏

6.「ムコ多糖症って何?」病名を知らなかった父と、検索していた母 🔏


1.今のはやとくんは、音楽と一緒に過ごしている

はやとくんは、音楽が好きな男の子です。


現在は、YouTubeで童謡やアンパンマンの音楽などを聴きながら、歌ったり踊ったりして過ごすことが多いそうです。


視力を失う前に見ていたおままごと系の動画については、今も音声を聴くことで内容や台詞を思い出し、自分で再現することがあります。

以前は画面を見ながら新しいことを覚えていましたが、現在は視覚から新しい情報を取り入れることが難しく、これまでに覚えている動画や音楽を中心に楽しんでいます。


ご家族によると、視力を失ってから約3年、はやとくんが覚えている動画はおよそ100本。

その中から繰り返し聴き、音楽に合わせて歌ったり踊ったりしています。映像そのものは見えなくても、声や音楽を聞くと、以前見ていた場面を頭の中で思い浮かべているようです。


一方、同じ内容を長く繰り返しているため、最近は少し飽きも出てきました。携帯電話でYouTubeを流しても、端末を投げてしまうこともあるといいます。

もともと視覚から情報を取り入れることが得意だったため、音声だけで新しいものに興味を持つことは簡単ではありません。

そこでご家族は、これから新しく楽しめる音声コンテンツや、手を動かしながら遊べるものを探したいと考えています。病気や視力の話だけではなく、「今、何を楽しめるか」を家族で探すことも、はやとくんの日常の一部になっています。


病気のことだけではなく、「一人の子どもとして、はやとくんが何を好きで、何を楽しんでいるのか」を知ってほしい。

そんな思いが、ご家族のお話から伝わってきました。


2.最初の出来事は、1歳半頃のヘルニアでした

診断までの経緯を振り返ると、最初に大きな出来事があったのは1歳半頃でした。

実家に帰省していたとき、入浴後に祖母がはやとくんの足の付け根の膨らみに気づきました。病院を受診したところ、鼠径ヘルニアと臍ヘルニアが見つかり、同時に手術を受けることになりました。


2歳半頃には、今度は反対側の足の付け根にも膨らみが見つかりました。以前にも同じようなことがあったため、ご家族は「また鼠径ヘルニアではないか」と考えて受診し、再び手術を受けました。

当時、ご家族はこの出来事をムコ多糖症Ⅱ型と結びつけて考えてはいませんでした。医療機関からも、子どもにもみられることで、特に気にしなくてよいという説明を受けていたためです。手術後も普段と大きく変わらず、ほかに目立った症状もありませんでした。


1歳半のときは祖母が、2歳半のときはご家族が入浴後の膨らみに気づきました。
一度目の経験があったからこそ、二度目は「また同じことかもしれない」と比較的早く受診につながりました。
それでも、二度の手術が一つの希少疾患につながっているとは考えていませんでした。

診断後に病気について知ることで、幼い頃の出来事の意味が変わって見えるようになりました。その時点では、医療機関から受けた説明を踏まえ、一つひとつ必要な対応をしていたため、当時の段階でムコ多糖症Ⅱ型に結びつけることは難しかったといいます。


診断後になって初めて、幼少期に経験したヘルニアもムコ多糖症の症状の一つだったことを知りました。

「後から振り返ればつながる」ことでも、その時点で病気を疑うことは難しかったと、ご家族は振り返ります。


3.3歳頃、言葉の発達が気になり始めた

3歳頃になると、次に気になったのは言葉の発達でした。


同じ月齢の友人たちの様子と比べる中で、言葉が少し遅れていることや、滑舌が悪く、発音が不明瞭なことに気づきました。


最初に気づいたのは主にお母さまだったそうです。
発達障害などの可能性も考え、発達相談を受けました。そこで、発達にやや遅れがあることが確認されました。

ただ、この時点でもご家族がムコ多糖症Ⅱ型を疑っていたわけではありません。3歳頃までの運動発達・言語発達はおおむね順調で、日常生活の中でも病気を強く意識するような状況ではなかったからです。


言葉の遅れに気づいたときも、「病気のサイン」としてではなく、発達の個人差や発達障害など、まずは身近に考えられる可能性を念頭に相談先を探していました。希少疾患を知らない状態で、目の前の変化からムコ多糖症Ⅱ型を想像することは、ご家族にとって現実的ではありませんでした。

ヘルニアは手術で対応し、言葉については発達相談へ。その時々で必要な場所に相談しながら過ごしていました。今振り返れば診断までに複数の出来事がありましたが、当時はそれぞれ別々の出来事として受け止めていたといいます。


4.「肘が伸びない」ことは気になっていた。でも、原因は分からなかった

3歳半から4歳頃になると、もう一つ気になる変化がありました。

肘が十分に伸びないことです。


ご家族は日頃から気にしていましたが、小さな子どもには肘を曲げたままにしていることもあり、「生まれつき伸びにくいのかもしれない」と考えていました。


元気に過ごしていたこともあり、すぐに大きな病気を疑うことはありませんでした。
別の用件で整形外科を受診した際に肘が伸びないことを相談し、レントゲン検査を受けましたが、原因ははっきりしませんでした。両側とも同じような状態だったことから、緊急性はなく経過観察となりました。


ご家族が気になっていたのは、肘だけではありません。


手が頭の上まで届きにくい様子もありました。
ただ、小さな子どもの体の動かし方には個人差もあるため、「元からこういう体なのかもしれない」と考えていました。検査を受けても原因が明確にならなかったこともあり、その時点では経過を見守ることになりました。


「気になることはある。でも、何が原因なのかは分からない」

その状態がしばらく続きました。はやとくんの場合、一つの症状だけからすぐ病名にたどり着いたわけではありません。いくつかの出来事が重なり、時間をかけて診断へつながっていきました。


5.風邪がきっかけで、検査への道が開いた

診断につながった大きなきっかけは、風邪でした。

風邪がなかなか治らず複数の小児科を受診したところ、胸部レントゲンで心臓が大きいように見えると指摘され、大きな病院を受診することになりました。


詳しく調べた結果、心臓自体には大きな問題はありませんでした。

しかし、診察の中で、手指の屈曲や肘が伸びないことなど、それまでに見られていた身体の特徴も含めて診てもらうことになりました。


その後、小児整形のある専門病院へ紹介され、そこで医師がムコ多糖症を疑いました。

尿検査でⅡ型に特徴的な所見が認められ、その後...


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──次回の予告|「治療と日常生活――治療を受けながら、学校で暮らす」

診断を受けた後、ご家族はどの治療を選び、どのように日々の通院を続けてきたのでしょうか。

次回は、治療や学校生活、視力の変化に合わせた暮らしの工夫について伺います。


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