
ライソゾーム病は、疾患によって症状や経過が異なります。
14歳頃から増えた転倒や、階段で感じた身体の変化。
複数の病院で検査を重ね、丸山聡さんは17歳のときにライソゾーム病の一つ
「シアリドーシス」と診断されました。
今回は、ライソゾーム病とともに暮らす丸山さんに、
診断までの道のり、車いすや杖を使う生活、モデル活動への挑戦、
そして自身の経験を発信する理由について伺いました。
「病気とどのように向き合ってきたのか」
「なぜモデル活動に挑戦したのか」
「自分の経験を、なぜ発信し続けているのか」。
病気と向き合い、社会へ出て、自分の経験を伝えるようになるまでの
丸山さんの歩みを、3回に分けて紹介します。
【第1回】14歳頃から増えた転倒、3つの病院を経て診断へ――丸山聡さんがシアリドーシスと向き合うまで
1.自立するため東京へ上京、新たなモデル活動にも挑戦
2.14歳頃から増えた転倒。「普通にあること」と思っていた
3.最初は「てんかん」と言われた。でも、薬を飲んでも変わらなかった
4.2週間の検査入院。「脊髄小脳変性症かもしれない」と言われて
5.3つ目の病院で分かった「ライソゾーム病シアリドーシス」
6.「治療法がない」と聞いて、頭が真っ白になった 🔏
7.「リハビリだけは、あきらめずに続けよう」 🔏
【第2回】治療と日常生活――治療を受けながら、学校で暮らす
1.診断の次に始まったのは、「どの治療を選ぶか」という時間
2.点滴の日は、病院へ行って終わりではない
3.学校に病気を伝えるとき、「病名」だけでは足りなかった 🔏
4.8歳頃、心臓の状態についても変化が分かった 🔏
5.視力をほぼ失って、家の中の「当たり前」が変わった 🔏
6.今のはやとくんに合わせて、学校も方法を探している 🔏
7.できなくなったことだけではなく、「楽しめること」も探している 🔏
【第3回】情報収集・SNS・これから――「情報がない」から、自分たちの経験を伝える
1.診断後、検索しても「知りたい答え」が見つからなかった
2.「将来どうなるか」を知りたい。でも、年上の患者さんの情報が少ない
3.制度はあっても、「どう使うのか」まで自動的に分かるわけではない
4.Instagramを始めたのは、「自分たちの経験も残したい」と思ったから
5.SNSの向こう側に、同じ病気の家族がいた 🔏
6.国内だけではなく、海外の家族ともつながった 🔏
7.情報発信で大切にしているのは、「推測しない」こと 🔏
8.「今の時間」を大切にしながら、これからを考える 🔏
9.診断直後の家族へ。「今なら、以前とは違う道もある」 🔏
インタビュー・作成
一般財団法人 日本患者支援財団 運営事務局